★今日の画像は、最終回『中島美樹夫さん』の水彩画集です。RX-8、▲襯泪麝ゾー屐B787、RX-7、せ偉惻屐↓ヅ玄┝次↓西風新都西向山から眺めた西風新都の上部と広島南アルプスの山々、Я襪山から眺めた五日市の風景、┯海坊伽犬垢襯灰轡▲屮蕁↓西風新都の整然とした美しい街並み、です。
★★1980年代から90年代、大野と共に広島カープにおける左腕の両輪を形成したのが川口和久である。FAの資格を得た年、巨人に移籍し、1軍投手コーチを務めた。入団年次は大野より4年遅れの1980年。『外れ』ではあるが、ドラフト1位である。木庭教サトシにとって川口の獲得は、大野と全く意味合いが異なるが、スカウトとしての会心の作、あるいは『会心の策』と言っていいものだった。
川口は鳥取・城北高校の出身である。高校時代、木庭は川口の投球を何度か見ている。大野と同じように『細い子』で『来る球はバラバラ』であったが、『大野より理にかなった投げ方』をしていた。大きくかつゆったり投げ下ろすフォームは木庭の『好み』でもあった。地区担当の備前善夫が川口の実家に事前打診に足を運んでいる。父の対応では、体力・技術ともプロではやれそうになく、社会人野球を目指しているのでプロ野球の指名は遠慮して欲しいとのことだった。『木庭さん、どうだろう、あの子はまだ社会人でワンクッション置いた方がいかも知れんね』『そうね、まだ子供の体だからな』。備前と木庭の話し合いで、川口指名は見送りとなった。高校生が企業に入社した場合、3年後に再びドラフトの対象となる。高校3年の秋、ロッテがドラフト6位で川口を指名したが、川口は入団しなかった。
川口が社会人野球をやる先として選んだのは、大阪にある印刷機販売会社、デュプロである。これは高校の先輩がいたという以外、さしたる理由はない。しばらく社会人野球で力をつけてという胸算用をしていたけれども、入社後は仕事も野球も中途半端、挫折感の方が強かった。広島カープの小林正之コーチを知っているという友人がいた。この友人にカープとの橋渡しを頼んだ。木庭が『川口がプロでやりたがっている』という情報を得たのはこのルートからである。高校時代、一旦は欲しいと思った選手である。素質は文句ない。社会人大会での川口の投球も見ている。高校時代より体が出来た分、球に勢いが出てきたようである。木庭は『鴨がネギをしょって来てくれたか』と思ったものである。ただし、プロ入りするにはあと1年経なければドラフトの対象選手とならない。ここはひとつ、思案を要する・・・。
木庭は大阪市内の喫茶店に川口を呼び寄せ、気持を改めて聞いた。はっきりプロでやりたいと言う。さらに志望球団としてカープを選びたいとも。木庭は『秘策』を授けた。『話は分かった。来年は社会人3年目だからドラフトの対象選手になる。このままデュプロで投げておればきっとどこかの球団がマークしてくる。左投手はどの球団だって欲しいんだから。それを避ける方法はただ一つだ。この1年、肘が痛い、肩が痛いと言ってゲームで投げるな。なぁに、1年なんてすぐにたつ。たとえドラフト外であろうと必ず採ってやる。これは約束だ』。川口にとってプロのスカウトと会うのはこの日が初めてだった。不思議な雰囲気を持つ人だ。まず、自分のことについて実によく知っている。高校時代の野球成績はもとより、男3人兄弟の末っ子ということまで知っている。なぜだろう・・・。
その1年、川口は木庭との約束を半分守った。監督やチームメートには申し訳ないと思いつつ、肘と肩の不調を訴え続けた。ただし、完璧には出来なかった。春、西京極球場で開かれた社会人京都大会でのこと。川口の他にもう一人いたチームの主軸投手がひどく調子を落としていた。その代役としてマウンドに立った。故障持ちのつもりが『ついつい』完封してしまう。肩を休めていたこともあったのだろう、絶好調だった。その夜、会社の寮に匿名の電話があった。電話口に出ると木庭だった。一度会ったきり、その後何にも連絡もない。もう忘れられているのだろうと思った。『おいおい、まともに投げるなと言っただろう。困ったことになるぜ』『済みません、つい・・・。エースが故障してしまって・・・。マウンドに立つと本能のようなものがありまして・・・』『分かるけどもな、カープに入りたかったら三味線をやるしかない。登板は今日限りだぞ』。電話を切ってから、川口は不思議に思った。西京極のネット裏にスカウトらしき人はいたが、木庭の顔は見かけなかった。木庭さん、どこでみていたんだろう・・。
野球シーズンが終わり、ドラフトが近づいてきたが、木庭からの再度の接触はなかった。スカウトの仲間の間で『川口』という名前がポツポツ上がるようになっていた。京都大会や四国大会での好投もあったのだろう。その度、木庭は評価を打ち消す話を流した。『せいぜい月に1回か、2回投げりゃいい社会人野球で、やれ肘が痛い、肩が痛いとこぼしているようなピッチャーなんて使い物にならない』と。
1980年のドラフト。大物候補は石毛宏典(プリンスホテル)と原辰徳(東海大)の2人であった。石毛には西武と阪急、原には広島、巨人、大洋、日本ハムが1位指名したが、西武、巨人が当たりくじを引き当てた。外れ1位としてカープは川口を指名した。当初、木庭の腹づもりとしては、原を当てていたら川口はドラフト外で採るつもりであった。その場で急に、他球団が本当にノーマークであるのかどうか、不安がよぎった。それで1位にしたのである。川口の名前が呼ばれると、会場ではほーというかすかなどよめきが走った。してやられたという声であった。木庭は周りのテーブルに座るスカウト達に向かった軽く頭を下げた。
木庭の『必ず取ってやる』という言葉が耳に残っていた。どちらとも確信が掴めぬまま、川口はその日を迎えた。昼のニュースが終わってしばらく経ってからである。オフィスに、新聞記者達がやってきた。1位指名選手については昼前に判明する。そのニュースを知ったスポーツ新聞の記者達だった。社内は騒然とした雰囲気になっていった。やがて、電話口で怒声を上げている社長の声が聞こえてきた。そのやりとりから、相手が木庭だと分かった。『指名するなら、事前に挨拶くらいあるのが常識じゃないか。安もんのキャバレーのホステスの指名じゃないんだぞ』。社長の怒鳴り声を、川口は首をすくめて聞いていた。
翌朝、木庭はデュプロを訪ねた。対応した社長は相変わらず不機嫌極まりなかったが、木庭はこれまでの経緯を述べ、頭を下げた。その後、川口は社長に呼ばれた。『どうなんだ、本当にプロでやりたいのか』『はい、やりたいです』『そうか、分かった。一応断ったが、悪いようにはせんから』。川口はほっとした。この後何度か木庭は大阪に足を運び、年内に契約にこぎつける。木庭がデュプロに事前連絡しなかったのも、そこから情報が洩れるのを怖れてのことである。社長の立腹も計算済みだ。そんなことを案じていたら、スカウト業は務まらない。まさに、『会心の策で獲得した、川口和久投手』ではある。
★木庭教: 1926~2008年。享年81歳。山本、水沼、三村、池谷、金城、正田、らの獲得に辣腕をふるい、また達川、高橋、川口、大野、長嶋、紀藤など埋もれていた無名選手の獲得に努力し、カープ黄金時代の礎を築いた功労者。 (参考:後藤正治著『スカウト』)
★アップルがiPhoneの生産を3割も減産中とか。売れ行きが低調との背景がありますが、スマホ自体供給過剰か、市場が飽和状態に近づいているのかも。私はスマホ派ではなく、ガラケーです。ネットはPCで十分です。これで十分。歩きながら、また電車、バスの中でスマホをいじくり回す姿を見て何故か、と不思議に思いますねえ。まあ、私が時代遅れなのでしょうが、スマホに振り回されない生活は至って自然で、静かな時間が過ぎてゆきます。
★イオンが高級ランドセルを発売と。なんと15万円。それでなくともランドセル、高いよねえ。平均的に見ても5万円前後。少子化でせめてランドセルだけは豪華に、という思いかねえ。小学生に持たせるランドセルとしては絶対に高い!
★オバマ大統領がG7での来日時、原爆を投下した広島市に立ち寄ることがほぼ決定。アメリカでは、戦争終結を早めるため原爆を投下したと正当化する意見が多く。が、事実は原爆投下決定が行われた7月下旬の2日前に日本が無条件降伏することが判明していた。なのに、さらに非戦闘員を大量虐殺する原爆投下を指示したトルーマンは、ドイツナチスがガス室で無実のユダヤ人を虐殺した行為に等しい。アメリカの民主主義は、先住民インディアンを殺戮し、バッファローを絶滅寸前まで追い込み、宣戦布告なしにメキシコ、スペインに戦争を仕掛け、カリフォルニアやフィリピンなど領土や植民地を増やし、大量兵器保有を名目にイラクに侵攻しテロ国家ISを出現させたもの。表はにこやかな顔を見せるアメリカも素面はこのようにやりたい放題の汚い国、と私は冷たく見ています。
★『子供を保育園に入れるための親の「保活」について、厚生労働省が保護者に対して初の実態調査を行ったところ、施設を利用できなかったり、希望と異なる施設を利用したりした人が全体の約4割に上ることが分かった』。これほど『少子化』が叫ばれて何十年と立つのに、子供保育の実態を今頃になって初めて実態調査するとは。厚労省、看板を下ろしてくれ。高い給料ばかりとって、気位だけ高い公務員はいらない、ダゾ。
★今年のサンフレ、低調です。昨日の磐田戦など見るところナシ。青山と千葉を欠いただけでこのテイラク、今年の優勝はもう無理でしょうねえ。それに引き替えカープ。打線好調で2位タイに位置。打線好調の原因は、.クマルの復活、一昨年並の打棒です、▲┘襯疋薀奪匹ホームランだけでなくヒットを連発、シュアーなバッターに変身、若手鈴木に力がみなぎっていること、などなど。どこまで行くか、楽しみな今年のカープではあります。そして、神宮球場では、ヤクルトファンよろカープファンが多い異常現象が起きています。
★今日、市立図書館で佐藤雅美の著書、10冊借りて。連休中に読破しようと。佐藤は江戸時代の司法にとても詳しく、『縮尻鏡三郎』『物書同心居眠り紋蔵』『半次捕物控』シリーズでその知識を披瀝しています。物語としても面白く、この連休は、サンフレ、カープ以外の楽しみも。山歩きは明日、呉の岩場烏帽子岩山~絵下山縦走、そして里山の雄・白木山の縦走を計画しています。皆様、よい連休をお過ごし下さいませ。