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Channel: Freeman 雑記帳・広島
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『マッチの製造の先駆者・商業会議所会頭「高坂萬兵衛」―広島の偉人⑥』

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広島を元気にした男たち―明治・大正期の財界人群像
広島の歴史を知らない市民が多くなった今、広島を育てた先人の努力と工夫を我々は新しく紐解き、その先人の偉功に対し感謝と喝采をささげなければならない、と私は思う。そのため、ここに『財界人群像』を連載アップす。

★今日の画像は、50年間空の王者として君臨し、経済的な中型機に押され姿を消す『ジャンボ・ボーイング747』と、全米プロツアー5勝目を挙げた松山英樹、そして広島一の賑わいの『本通り商店街』の模様です。ジャンボの引退、時代の移り目を感じますね。右下をクリックすると、大きな画が見られます。

★カープの優勝にマジック『33』が点灯。これまでの球団記録を破り、16日も早く点灯した。これからは、マジックを1つずつ少なくするため、勝利を追い、阪神が負けることを期待していく。全国の赤ヘルファンの方々、おめでとうございます。

日経新聞のスポーツ欄でも、大きな写真を入れ、トップ記事として大きく報道。が、その記事の末尾。『まだ40試合以上ある。もう一回、山があるだろうし、一戦、一戦戦っていく』と鈴木のコメントを引用し、『ペナントレースが面白くなる気配は、ない』と結んだ。なかなか面白い表現。読売新聞は片面で巨人の勝利を報じ、片面でカープのマジック点灯を書いた。そしてその強さを、田中の盗塁23、菊池の犠打25、丸の得点76、鈴木の打点81(7日現在)を挙げ、いずれもリーグトップ、強さの源泉、と記している。(#^.^#)

★それにしてもすごい。誠也の打点トップ、82打点は、ロペスの75打点を大きく引き離し、カープ優勝の原動力になっている。カープが優勝なさりせば、MVPは誠也かな。うれしいニュースではある。

★★マッチ製造『快燧社カイスイシャ』代表、広島電灯会社取締役、日清燐寸マッチ会社社長、広島殖産銀行頭取 『高坂萬兵衛』

明治新政府は、殖産興業政策の一環として、国内産業の奨励に努め、外国博覧会への参加、国内での博覧会の開催を奨励することとした。明治10年には、内国博覧会が京都で開催されて以降、毎年開催されるようになったが、その第5回博覧会で、広島の特産品として、傘骨、綿糸、紙、マッチが出品された。当時、マッチは全国的に生産が緒についたばかりの新興産業であり、格別広島の特産と言えるほどのものではなかったが、広島のものが比較的量産化されていたことから、特産品の中に加えられたと見られる。このマッチを最初に製造したのが、高坂萬兵衛である。彼が、マッチの将来性に着目して量産化を図ったのは明治10年頃と言われている。

そこで萬兵衛は、広島城下の舟入村に製造所を設けて、苦心の末やっと薬品製造の技術を開発し、量産化に成功した。製造会社『快燧社カイスイシャ』を設立し、売り出したのが明治13年頃。内覧会に出品したのは、量産化間もなくのことだったろう。ところが立ち上げ段階で経営者間で内紛が起き、会社は解散の憂き目にあう。しかし萬兵衛はこの逆境にめげず、マッチの煙硝部分と軸木との分業により態勢を整えて再建を図った。

軸木となる松材料の生産地である佐伯郡吉和村に工場を建て、そこで寝起きして製造に専念、販路を大阪方面に向け幾ばくかの資金目途も立ったことから、明治29年、段原村(現広島市南区段原)に『楽全堂』と名付けたマッチ工場を建設し、再びマッチ製造に取り掛かった。幸いに、従来マッチの軸木には柳の木の使用が主流であったが、萬兵衛の発案した松樹がコスト的に安価なこともあって、各地で評判となり、国内はもとよりインドや韓国に輸出するようにもなった。明治40年には中国の長春に『日清燐寸』を設立したが、41年の下半期には1万2千円もの純益をあげるほどになった。さらに段原の『楽全堂』工場を拡張し、『高坂燐寸工場』として、事業の拡大を図った。

この間、電話線敷設のための電柱用木材の納入業者として、電信局の御用達となっていたが、これが縁で電灯事業の将来性にも着目し、明治22年には、社長に広島商業会議所会頭の桐原恒三郎を据えて『広島電灯会社』を設立し、明治27年10月、広島市内への電灯供給にこぎつけている。5年後には、松本清助らによって『広島水力電気』が開業するが、その後電灯会社と合併して、現在の『中国電力』へと発展する。

萬兵衛の努力により、マッチは明治期には広島の特産品となったのである。この功績により明治42年『禄綬褒章』を受けるに至った。大正4年には、商業会議所会頭の早速整爾ハヤミセイジが海軍参政官(次官)に就任したので、萬兵衛が会頭に選出されるに至った。

なお高坂は、大正3年9月に広島殖産銀行の頭取に就任している。高坂は就任早々から、銀行業界は小銀行での経営は難しくなるとの判断で、合併について考えており、東京の第十四銀行と合併することに合意し、4年4月実施に移した。大正10年3月の議員総会において、会頭を辞任したが、それ以降高坂萬兵衛の名を広島財界で見たり聞いたりするころはなくなっている。幾度かの挫折に耐えて再起を図り、マッチ製造に一代をかけ、広島の特産品としての地位を得、商業会議所会頭まで上り詰めたのであるが、その後の消息は不明のままである。
  (参考: 田辺良平著『広島を元気にした男たち』)


★『私が、東洋工業の社長室に松田さんを初めてお訪ねしたのは、昭和25年(1950)の初夏の頃であった。この頃の広島カープは、経営の点では吊り橋を渡るようにゆらめき、その前途誠に不安なるものがあった。しかし、この頃はまだ原爆の傷いえず、市民の憩いの糧としての健全娯楽であるプロ野球を、もしなくすとなっては、大広島再建への夢を意欲づける憩いの場がなくなるとあって、財界の人達の協力を得て、25年3月にカープの存続を決定して、松田さんにも相談役となっていただいたのである。だが、球団経営の確固たる基礎作りは難しかった。この時、当時の河口球団代表から私に、松田さんに会ってくれるよう懇願された。私にとって松田さんは、全く未知の方であるが、リーグ団結のためにもと思ってお訪ねした訳である。

お会いして、松田さんにいろいろお話をした。私は松田さんからカープへの一時的援助金をという銭貰い的な考えではなく、正式に出馬してくださることを切願した。松田さんは、終始温容を浮かべて聞いて下さった。そして、「全て広島市民と共に行くということが、自分の永遠の信念である。カープが全市民愛好の魅力となっていることも知っている。しかし、現状のあり方を続けて行くようではいけない。いたずらに古い石の上で安居しているようなものだ」と、松田さんは、これからの球団の生き方についての識見を述べられてから、広島市民の勤労意欲をもり立てる憩いの場所としてのカープの発展に努力することを約束しよう、だが、野球によって自分の名を売るようなことは、自分の平素からの行動と信念から許されない。自分はあくまで正面の人にはならない、なぜならカープは広島市民全体のものにしたいからだ、ときっぱり言われた。

こうした経緯から、松田さんはカープの育成について影の大きな力となり、この力が実って、昭和35年(1960)には巨星巨人軍に大きく勝ち越し、念願の勝率5割を結成11年目に達成して、セ・リーグに新風をもたらした。その後、諸事情から、おそらく松田さんは不本意であったであろうが、松田さんの独力経営となり、これでカープ経営のゆるぎなき盤石が出来たと言えよう。カープは年間65試合の全試合を、アメリカと同じフランチャイズ広島で完全消化している。また、カープと巨人の最高試合の一部を母子デーとして、スタンドの一部を無料で開放していることなどは、市民のためのカープであるという松田さんの信念を貫いている現れである。言葉ばかりでなく、これを実行に移す人こそ尊い。実行力の強い、信念の人松田恒次さんを失ったプロ野球の損失は大きい』。(松田恒次追想録、元セントラル球団連盟鈴木龍二会長書)

今、カープファンは広島地域だけにとどまらず、全国に拡大するという歴史的転換点にある。神宮、横浜、甲子園は言うに及ばず、パリーグの拠点、札幌、所沢、千葉、福岡のスタジアムでも観客席の半分は真っ赤なユニフォームでカープを応援する景色が見られる。こんな光景を恒次さんは想像だにしなかったろうなあ。天からカープの活躍を見守る恒次さんの顔がほころんでいるのが見えるような気がする。カープの復興と活躍には監督や選手ばかりが報道されるが、本当の立役者は経営者・松田恒次さんだったのだからなあ。カープファンは忘れてはならない情熱の『松田恒次さん』を。


★『ロシア疑惑』などの報道で打撃を受けているトランプ政権は、機密情報流出の取り締まり強化の方針を発表した。セッションズ司法長官は『安全保障への脅威だ』などとして、情報提供者に対する訴追の徹底やメディア側への捜査強化も示唆した。メディア側は猛反発している。

アメリカ司法省の現行規定では『取材活動を不当に妨げることからメディアを保護する』と明記されている。この規定は、政府の説明責任を促進する上で、報道の自由に重要な役割があるとする米国の報道に対する精神軸を表している。メディアへの資料提出や記者の証言を強制する際には、事前に他の手段を尽くすことや司法長官などの許可を得ることを定めている。また記者の通話記録を電話会社などに提出させる命令を出す場合、メディア側へ事前に通告するとしている。

セッションズ司法長官は、連邦捜査局FBIの捜査官や検察官の提案に従って見直しを進めていると。また情報流出に関する司法省への報告が『爆発的に増えている』とも説明。トランプ政権発足から6カ月の報告総数は過去3年分に相当するとしている。FBIは専門チームを設けており、捜査中の事件はオバマ前政権終了時と比べ3倍以上とも述べた。

アメリカでは『メディアは政権・権力の監視人』との位置づけが常識的に浸透しており、あのニクソン政権を辞任に追い込んだ『ウォーターゲート事件』は全世界の人々の記憶に新しい。権力は放置し、長く続くと腐る、という定説をカバーするためのもの。日本でも昨今の安倍政権の傲慢、腐敗ぶりに国民はいたく批判の声を上げている。これもメディアの報道がなければ、戦前の大本営発表のごとく、政権に都合のいい、国民にはウソの情報を垂れ流す形になる。米国司法長官が述べるように、簡単に司法省の規定が変更できるとは思わないがねえ。そんなことが起これば、『ウォーターゲート事件』は、内部告発した人が罪になり、ニクソンは無罪となる。主客転倒しているなあ。まさにアメリカ民主主義崩壊の兆し、とも言える。おそらく全米を挙げての反対運動、トランプ政権倒壊の引き金になるだろうと、拙者は断定するね。


★そのアメリカの例を引くような、加計学園問題の新しい疑惑が。2015年6月、国家戦略特区ワーキンググループが、獣医学部の新設提案について、愛媛県と今治市からヒアリングした際、内閣府が公表した議事要旨の出席者に記載のない加計学園の幹部が同席していた、との報道。学園の教員確保の見通しをめぐる質疑もあったと言うが、議事要旨に記載はない。政府はワーキンググループの議事内容を『すべて公開し、透明性が高い』と説明するが、このような灰色の議事要旨を透明性伊が高いと言い切り政府幹部は、まさにトランプ政権の情報隠しに似て、国民にウソ情報を垂れ流すやから、と言える。こんな政府の態度に国民は疑惑の目を深め、政権支持率の低下に拍車をかけることになるだろうなあ。

★NHKの朝ドラ『ひよっこ』が視聴率を上げて、連日25%前後と好調に推移しているとの報道があった。が、私は同じNHKの土曜ドラマ『悦っちゃん』の方が好きだ。母親を亡くし、売れない流行歌作詞家の碌さんと一緒の生活で、新しい母親、碌さんの奥さん探しに8歳の悦ちゃんが活躍するという話。時代は大正か昭和のはじめの設定。碌さんには『コースケ・サンタマリア』が、悦ちゃんには『平尾菜々子』が好演。こましゃくれた悦子の行動、言動がドラマを抑揚させ、見ている視聴者におもわず微笑を与えるドラマ。この子役菜々子ちゃんは、将来そうとうの役者に成長する、と見たが、どうだろうか。


★騙されたねえ、と言うか、こちらが無知だったのか。『アカデミー賞受賞作品・サラリーマン』と、週刊誌のお勧め映画欄にあった。サスペンスで、フランス・イランの共同制作と。なら、と先日日曜日出かけた。なんとミニ劇場なれど、席は満席。素晴らしい映画なんだなあ、と胸をワクワクさせて。が、映画が始まるに従い、だんだん映画の流れに苛立ちを。まず、物語のスジがカクカクとしてスムースでない。話が飛ぶ。常識的でないやりとりがあちこちに出てくる。確かにサスペンスで、未知の扉をひとつづつ開けている算段には変わりがないが、その未知のもの、それを探す手順が限りなくチープなのである。そういえば、主役、助役の設定も安直で。結果、何がサスペンスか、何がアカデミー賞か、と怒りを持って劇場を後にした。自宅に帰り、再度この映画の情報を見ると、なんと『アカデミー賞外国語部門賞』だと。この映画のポスター、チラシ、そしてネットのHPには、一言も『外国語部門賞』は表示されていない。普通、アカデミー賞主演賞、とか助演賞とか、サブタイトルがつかなければ『本賞』だと思うわねえ。本賞は5本選出されるので、複数あることも理解している。なのに、この映画、興行面での当たりを狙って、賞の名前をねつ造、引用したことになる。本当に腹のたつ詐欺映画ではあった。騙された拙者が悪いのかねえ、やっぱり。


★すごい、松山英樹、やったねえ。6日のゴルフ世界選手権シリーズ・EGCブリヂストン招待最終日、2打差4位から出た松山は、1イーグル、7バーディ、ボギーなしの『61をマーク』し、通算16アンダーとして逆転優勝。後続に5打差をつける圧倒的な勝利。米ツアー今季3勝目で、日本人最多勝を更新する5勝目を挙げた。賞金ランクもトップに立った。世界選手権シリーズでは2勝目。NHKハイライトの録画放映があるから、これは見逃せないなあ。

見た、ハイライトを。1イーグル、7バーディ、ノーボギーのコースレコード、ウッズに並ぶ『61』を。ロングコースとして知られるファイヤーストーンCCは、7400ヤード、パー70という数字以上に残酷だと。多くのパー4がフェアウエイがグリーンに向かって段差を作りながら下っている。ティからより遠い傾斜にぶつかれば、ボールが長い間転がって距離が出るが、キャリーのない選手はその洗礼を浴び続け、2打目で長いクラブを持つ展開が続いてしまうと。同組の選手の飛距離に50ヤード近い差が出てしまうこともしばしばの現象。

松山は今、そのコースが作り出す飛距離差をもろともしないプレーぶり。今年のこのコースでのドライビングディスタンスは305.2ヤード。4年前の283ヤードから相当の進化を遂げている。『4年前タイガーと一緒に回ってこのコースで彼が出した「61」は信じられないと思ったけど、自分の力が少しずつ付いてきて、今日そういうゴルフが出来て嬉しい』と松山は語る。辛抱と努力で作り上げた天才手腕、まさに松山にはその言葉がぴったり、だ。

2ホール、パー5、第2打はグリーンオーバーで、奥のエプロンをやや超えたあたりに。ピンまで20m近くあっただろうか、ウエッジでランニング。なんと、球はやや左右に揺れながら、ホールの真ん中からズドンと。勢い付いた松山は、それから7バーディを奪うファンタスティックプレーを展開。特に第2打がことごとくピンに絡んで、1パットで沈める場面が続く。狭いフェアウエーにアップダウンの厳しいコース。よくもまあこのコースで61というスコアを出したなあ、と感嘆。石川と同級生の松山。石川が高校卒業後即プロに転向したのに対し、松山は大学に進学。ここで基礎体力、技術を固めたのが成功の原因。さらには、デビュー後も精進を欠かさず、浮名も流さず、ただただひたすらゴルフに打ち込んで。まさに日本の誉れ、松山英樹、なり、だ。メディアの解説によると、ウッズと同行した4年前、アイアンショットの重要性に気付き、その技の熟達に修練したこと、そして最近は人格的に穏やかになり『今ある自分が、松山だ』と精神的安定感がプレーに好影響を与えているとも。25歳、若き松山、世界のトップに躍進、大変うれしいニュースではあります。

本当に今時の若者の活躍には驚かされますねえ。が、一方でダメな若者たちもたんといる。ダメな若者達よ、目覚めよ、松山を見習って。本当に素晴らしい若者ではあります。(#^.^#)


★政府関係者は、都合が悪くなると『覚えていません』『忘れました』『文書が見当たりません』『メモは廃棄しました』・・。嘘つきと傲慢で塗り固められた安倍政権としか言いようがない。国家戦略ワーキンググループが開いた会議に、加計学園幹部らが同席・発言していたと先に書いたが、その内容は公表された議事要旨に記載はない。内閣府は、議事要旨作成のもととなった速記録について『用済みになったので存在しない』と。まったく人をバカした変な内容。ウソで事実を固める安倍内閣の方針を固く守り、あれもない、これもない、あれも、これも廃棄した、と言えば国民は納得するとでも思っているのか。国民を愚弄し、バカにするにもほどがある、自民党安倍内閣は。

それにしてもひどいなあ、江崎沖縄・北方担当相。やりたくないのにいやいや就任させられた、そして仕事については素人、素人と。答弁は官僚が書いた答弁書を朗読する・・・。平気で堂々と国民に告白している。こんなの、どうして任命したのだ、安倍君は。なってない!

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