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Channel: Freeman 雑記帳・広島
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『破天荒、奇跡の成功ニトリビジネス⑱ セミナー、ベガサスクラブに入る』

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今日の画像は、台湾海峡を航行し中国を刺激したフランス海軍のフリゲート艦『バンデミエール』と、美しき『キカタバミ』『ハナニラ』『ミモザ・フサアカシア』です。右下をクリックすると、大きな画が見られます。

『バンデミエール』の航行には、中国はすぐ反応し、批判を叫んでいる。が、中国も困った国になってしまったねえ。他国の軍事行動や軍事力強化にはすぐに批判するが、中国が航空母艦をどんどん作ったり、潜水艦を作ったり、対馬海峡を航行したり、尖閣諸島を周回したり、軍備増強にひたすら走る自分の姿は目に入らないんだねえ。白雪姫の物語のごとく、一度自分の姿を鏡にうつしてほしいねえ。


■■中学、高校、大学で、勉学の結果が思わしくなくいわゆる『劣等生意識』を持っているキミ、心配するな、あなた以上の劣等生が世の中に出れば大成功した例もあるのだ。その筆頭に『ニトリの創業者似鳥昭雄さん(76)』がいるのだ。本当、似鳥さんは劣等生で高校大学と卒業さえ危ぶまれた人物。が、今や年間1兆円の売上を目指す大家具チェーンの親分になっている。そのニトリをここまで成長させた『破天荒な似鳥昭雄』の実像を追う。


★★★話は少し前に戻るが、1973年(昭48)に旭川市のメーカーの元へ仕入れ交渉に行った時の話だ。応接室でチェーンストア経営についての書籍を見つけた。そこに私が悩み、苦しんだことが科学的かつ論理的に書いてあり、とても驚いた。

著者は渥美俊一さん。東京大学法学部を卒業した後、読売新聞記者を経て経営コンサルタントになった人物だ。チェーンストア研究団体のベガサスクラブを設立し、ダイエー創業者の中内功さんや、イトーヨーカー堂の創業者の伊藤雅俊さん、ジャスコ創業者の岡田卓也さんらに大きな影響を与えた。『流通革命を起こし、日本に経済民主主義を植え付ける』というのが渥美先生の夢だった。

何とかペガサスクラブに入れないか考えていたところ、勉強会で知り合った札幌市郊外でカー用品を営む社長がクラブに加入していた。入会方法を聞いて正式に加盟した。社名も『ニトリ家具』に変更した時期だ。毎月東京へ行き、社員にもチェーンストア研究の本を読ませた。毎月試験があり、講習終了後に居酒屋などで侃々諤々の議論をした。

だが、教科書通りにはいかない。理論上はきっちりした作業計画に従ってローコストで店舗を運営しなければいけないのに、うちの会社は非科学的で、行き当たりばったりの人海戦術だ。当時の私は長時間労働の『がんばれ主義』だったが、チェーン経営はがんばらなくても出来るようにする方法。全く逆だった。


年に2回、春と秋に泊まりがけのセミナーが箱根であった。異業種の社長や幹部と話すのはとても刺激的だった。500人ほど参加していたが、壇上に立つ渥美先生は『この中でものになるのは100人に1人だな。これは成功の法則だ』と厳しく言い放つ。

渥美先生の講義は現場経験がないのに壇上で上司と部下のやりとりをする姿を実演するなどユーモアがあり、聞き惚れた。セミナー後も当初は年に3~4回講義を聞きに行ったが、後に月1回と増えていった。

ペガサスクラブは中内さんなど年商50億円以上がAクラス、それ以下がBクラスに分けられていた。勿論私はBクラス。早くAクラスの仲間入りをして、一緒に講義を受けたいという思いが強かった。講義終了後、玄関でAクラスの人が出てくるのを待ったものだ。『どの人が中内さんなの』『あれが伊藤さんで、岡田さんだよ』。まるでミーハーが大スターを仰ぎ見るように、どきどきしていた。

尤も渥美先生の経営理論は実践が難しい。商圏分析も人口特性、地理などに応じて分類し、5年後、10年後、15年後、20年後と人口動態を予測する。その上で20年後までの経営計画を立てる。計画を作っても方向感を誤り、過剰な設備投資で潰れる会社もあった。成功するか、倒産するか。『ペガサスクラブ加盟店には中間はない』とも言われた。

私は当然ペガサスクラブでも成績は悪い。それでも先生は『うさぎより亀が勝つ』と言うのが口癖だった。『賢い奴は慢心するし、出来ると怠ける。素直に柔軟にこつこつとやるのが大事だ。鈍重たれ』と話していた。父から『のろまで頭が悪い』と言われていただけに、この言葉は勇気を与えてくれた。(参考:似鳥昭雄筆『私の履歴書』)


■■日本代表監督『森保一』、U-17日本代表監督『森山佳郎』、J1名古屋監督『風間八宏』、J1大分監督『片野坂知宏』、J2大宮監督『高木琢』、昇格請負人J3北九州監督『小林伸二』、FC今治監督『小野剛』、福岡などの監督をした『松田浩』・・・・・。この人達は全員サンフレッチェの出身である。前身のマツダサッカークラブの時代からの人達もいる。この人材を見出した人こそマツダサッカークラブ総監督、サンフレチェGMを務めた『今西和男さん(77)』。

集英社が、今西さんの足跡、育成した人材を追った『育将』を2016年に発刊している。ただ、今西さんは最後の時期に『FC岐阜』の社長に就任された。まさに泥にまみれた時代だった。なぜこんなクラブを引き受けたのか、詳細はつまびらかになっていない。心配は過去からの累損を個人で引き受けた総額3億円の負債。この処理がどうなったか、不明である。その『育将』の実像の証言を綴る。いずれも肩書は2016年の『育将』発刊当時のもの。


★★★『育将・今西和男押‐湘長性機戞 
松田浩『一目で、この人にならついていけると思えた』
門徒たちが語る師の教え ナショナルトレセンコーチ 松田 浩(1)

ヴィッセル神戸、アビスパ福岡、栃木SCで監督を務めあげた松田浩とは新幹線の三島駅で待ち合わせた。規律を重んじるサッカーで福岡と神戸を2年連続でJ1に昇格させ、予算の少ない栃木ではハードワークを徹底させることでチームの底上げを図った。その手腕は大きく評価され、現在は日本サッカー協会ナショナルトレセンのコーチとして日本サッカー強化の中枢を担っている。

松田と今西の出会いは筑波大サッカー部の時代に遡る。松田は大学2年生のときにブラジルのポルトアレグレに留学している。日本ブラジル交流協会という組織が立ち上げた『ブラジル研修留学プログラム』の1期生である。全国から多くの大学生が選抜されて、ブラジルで語学などを学ぶ機会を与えられたのであるが、松田の科目は『サッカー&FUTEBOL』、いわばブラジルの国技であるサッカーにおいての日本の代表ということで送られたのである。

ポルトアレグレでは名門インテルナシオナルが研修先として受け入れてくれ、ジュニオール(18歳~19歳世代)に所属して練習に参加した。チームには当時17歳ながらすでにセレソンのユース代表だったドゥンガ(現ブラジル代表監督)がいて、にらみを利かせていた。ブラジルでは20歳までにプロになれなければ、職業としてのサッカーをあきらめなくてはならない。誰もが必死に生き残りをかけるために自己主張が強いが、ドゥンガはトップ下のポジションから年上の選手を遠慮なく怒鳴りつけてはゲームを仕切っていた。当時はかわいらしいマッシュルームカットをしていたが、松田に対しては口も利いてくれず、ドゥンガはもう『ドゥンガ』だった。松田は学生でありながら、ブラジルで真のプロの厳しさを嫌というほど体感する。

1年間の留学を終えて復学すると1学年下の風間八宏、鈴木淳らと同級になり、筑波の黄金時代を作り上げ、1983年の関東1部リーグで優勝を果たす。卒業に際してはユニバーシアード日本代表にも選出されることになる松田を多くの日本リーグのチームは放っておかなかった。いくつかのチームの練習に参加もしたが、決め手となったのが広島で直接話をした今西の存在だった。『この人になら、ついていけるなと思えたんです。比べたら悪いですけど……他のチームではサッカー部はほとんど仕事らしい仕事を任せてもらえないと聞いていたのですが、今西さんは社会人としても成長しろと言ってくれたし、仕事面でも鍛えてもらえそうだった。当事はプロもなかったですし、僕は元々、 将来は地元の長崎に帰って教師をやろうと考えて大学を選んだんです。親にもそう言って出してもらった経緯があったから、引退しても仕事で会社に残れるような生き方をしたかったんです。それにはまったのがマツダでした。今西さんはペラペラと偉そうに「わしに任せとけ」なんて絶対言わないんですが、 そういう面倒見の良さがオーラとして漂っていたんですね』。


スカウトがよくやる口八丁の勧誘トークを今西はしないし、できない。性格的なものもある。マツダの総監督に就任するときも、多くのOBたちは自分が再建したいと自分から手を挙げていた中、今西はむしろ固辞していた。『職場に戻ってサッカー界を離れて久しい。今のサッカーを私は教えられません』という理由であったが、会社は今西しかいないということで託したのである。

数年後にもこんなことがあった。マツダには昇級試験制度があり、サッカー部の社員もそれに備えた予行演習として、今西をはじめとする先輩や上司に模擬面接などをしてもらっていた。実直な松田はボソボソと呟くように受け答えをするので、多くの先輩は『もう少し流れるように話せないのか』とダメを出した。しかし、今西だげが『いや、わしは松田のそういう朴訥な感じのところがええんと思うんじゃがのう』とやはりボソボソとした口調でOKをしてくれた。

1984年、松田は同じ名前のマツダに入社をしたが、ショックなことに入部時にチームが2部リーグに降格していた。正直、『何だよ』と落胆もしたが、次の監督がハンス・オフトであるということを知って、急速にモチベーションがV字回復していった。外国人監督に教わるということ自体がめずらしい時代であった。これもまた『自分では教えられない』と無駄なプライドを排して、そう宣言した今西が代わりにサッカー先進国から連れてきた財産であった。勤務形態も会社に掛け合って、2部練習が週に3回できるようになった。 松田にとってオフトの教えは、すべて新鮮に映った。FW出身のこのオランダ人は技術もあって、現役を引退して久しくも『まだラスト15分だけなら公式戦に混じってもゴールをするんではないか』というほど上手かったし、ファンクショナルなテクニックを伝授することに長けていた。そして何よりも組織戦術を注入してくれた。
 
象徴的な試合がある。マツダは韓国遠征で大学のチーム、高麗大や延世大にもなかなか勝てなかった。当時の日本代表のサッカーにも通底していた問題であるが、11対11の局地での個人戦を韓国に仕掛けられると、技術も体力も劣っていた日本はスペースを食い破られて失点を重ねてしまう。ここにオフトは組織で守るシステムを注入した。現在のルールでは無理だが、効果的なメソッドがひとつあった。相手チームの選手のトラップが乱れるなどして、すぐに蹴られない状況になると『チェイス!』と叫んで全員がラインを上げてボールに向かってプレスをかけるのである。慌てて蹴ろうとしても当時のルールでは、直接プレーに関与していなくても取り残されるとオフサイドになるので、面白いように相手は引っ掛かった。この『チェイス』をかけるタイミングは松田に任されていた。さすがに全員によるボール狩りはハードワークなので45分ハーフごとに2回しかやってはいけないことになっていたが、それで十分だった。相手は一度やられると、その恐怖でミスを連発していた。


『こういう守り方があるのか』。衝撃的で、そして痛快だった。散々やられていた韓国のチームに組織で勝つことができてきた。オフトでまずモダンなサッカーの洗礼を受けると、次の監督はイングランド人のビル・フォルケスであった。 フォルケスは父親のような存在であった。マンチェスターUが遭遇し、23人の死者を出した飛行機事故『ミュンヘンの悲劇』から生還した人物であることは選手も知っていた。ある日のミーティングで戦術について語っていたとき『何か質問はあるか?』とフォルケスが聞いた。少しの間のあと、河内勝幸が手を挙げた。『あの事故について語って欲しい』(えっ、何を聞くんだ河内さん。それはタブーだろう)。松田は驚いたが、フォルケスは少しの逡巡のあとに訥々と体験を語りだした。 フォルケスの任期が2年間で終わると、松田が終生大きな影響を受ける指導者スチュワート・バクスターとの出会いが待っていた。(参考: 集英社刊『育将』)

(松田 浩)
1960年9月2日、長崎県生まれ。長崎北高、筑波大を経て、1984年マツダに入団。1993年Jリーグが開幕し、サンフレッチェ広島でプレー。1994年1stステージ優勝を経験した。1995年ヴィッセル神戸に移籍し、1996年現役を引退。2002年ヴィッセル神戸のコーチ時に、川勝良一監督がシーズン途中に解任されて後任に。チームを立て直して、J1残留を決めた。その後、アビスパ福岡、ヴィッセル神戸、栃木SCで指揮を執った。現在は日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチを務めている


★★<外人観光客の『観光公害』>4月の週末、蔵造りの街並みは外国人観光客らでごった返していた。『小江戸』と呼ばれる川越市は、都心から電車で30分という近さから人気が沸騰している。観光客であふれる狭い歩道にはガードレールはない。自動車と歩行者が接触しかねない状況で、自動車は徐行している。ベルギーから訪れた女性(34)は、『素敵な建物の写真を撮る時に車が重なるのが残念』と漏らす。

川越市の2018年の外国人観光客数は27万9千人と、5年前に比べ6倍になった。産業観光部によると『名物のウナギ料理や着物レンタルなど訪日客の1人当たり出費は1万円を超え、日本人の2倍以上』と話す。

地元商店街への恩恵は大きい一方で、急増ぶりに問題が生じている。道路は川越駅と住宅地を結ぶ市民生活の大動脈でもある。歩行者天国や一方通行化の実証実験では、ほかの通りの渋滞を引き起こした。地域住民の不満を招く結果に。18年に観光に訪れた訪日客の6割はリピーターだ。10回以上日本を訪れていた訪日客は全体の13%もいた。『日本通』の外国人は有名観光地から地方や大都市の郊外を訪れるようになっている。

今、有名観光地では『観光公害』が深刻になっている。京都ではバスが訪日客で混雑して市民が乗れず、生活に影響が出ている。海外でもバルセロナでは、観光客の流入が不動産の賃貸し価格の上昇を招き、引っ越す市民が出た。バルセロナ市が実施したアンケートでは『より多くの観光客を呼び込むべきか』の質問に同意した市民は半数を割った。


市民生活との両立を目指す都市もある。ウィーンは国際会議に参加するビジネス客の誘致に力を入れる。一般の観光客と比べると消費額が2倍以上あり、宿泊費や食事、芸術鑑賞などを含めると、1日当たりの消費額は6万8千円にもなる。観光局では『市民の94%が観光産業に満足している』と話す。

また、停滞する地方経済や人口減に悩む内需企業にとって、訪日客は救世主となってきた。百貨店では1粒千円もするイチゴがタイ人達から人気を集めている。が、一方では訪日客は3,000万人を超え、受け入れ体制の不備が目立つようになってきた。政府は20年に4,000万人にする目標を掲げている。体制を整えずに人数だけ増やせば、摩擦は大きくなる。

が、拙者は現在、建設ラッシュが続くホテル建築などを見て懸念をもようす。トランプなどが発する世界的経済ショックが起きれば、この外国人観光ブームやホテルラッシュは蜃気楼の彼方に消えたなくなるだろうと。何事も『過ぎたるは及ばざるが如し』を胸にした行動が必要だと思うねえ。あの、1990年代のバルブの暴発は、当然起きるべきして起きたのだからねえ。


★★<リビア衝突1ヵ月、死者400人に迫る>東西に分裂して混乱が続く北アフリカのリビアで、武装勢力が首都トリポリ制圧を目指して進軍してから1ヵ月が経過した。暫定政府との武力衝突による死者は400人に迫る。暫定政府は徹底抗戦の構えで、早期の事態収拾は見通せない。

WHOリビア事務所は、一連の衝突で392人が死亡、1,936人が負傷したと明らかにした。衝突は、東部を拠点とする武装組織『リビア国民軍LNA』が4月4日、西部にある首都への進軍を開始したことが契機となった。これに対し、暫定政権は『LNAが敗北するまで停戦はない』としている。

衝突を巡っては、中東の対立構造が持ちこまれ、各国で対応が分かれていることも混乱に拍車をかけている。エジプト、UAE、サウジアラビアがLNAを支持。トランプ米大統領も支持を表明した。一方カタール、トルコは暫定政府を支援しているとされる。

リビアでは、2011年の『アラブの春』による大規模デモが内戦に発展。NATOも空爆で介入し、カダフィ政権が崩壊した。その後14年の暫定議会選を巡って東西に政府、議会が並立する事態となった。

困ったもんだねえ『アラブの春』は、中東諸国の民主化への進展が期待されたが、全く逆方向に向いている。シリアのむごい内戦を初めとし、中東諸国の勢力争い、さらには米露の覇権争いが有象無象の混乱を招いている。基本的にはイスラム宗派の争いが騒動の種だが、どうやってもイスラムは世界中で紛争の火種になっているねえ。困ったマホメットではあるなあ。


★★<ある中日ファンのつぶやき『粘りなき戦い』>5月6日の中日-カープ戦。カープファンは逆転勝ちに拍手喝采の歓びだが、敗れた中日ファンは唖然としてしまっている。かつてのカープもこうだったのだよなあ。

◇2-7(14勝18敗)
ゴールデンウィーク最終日の締めは、翌日からの労働にも大きな影響を与えかねない悪夢のようなゲームになってしまった。

土壇場の二死から起死回生の同点打を打った広島と、その裏の二死満塁でサヨナラを決められなかった中日。そもそも高橋の大飛球を阻んだナゴヤドームの高すぎるフェンスーー。実に様々な要素が絡み合った見応えのあるイニングだったが、楽しめたのはここまで。その後の展開は語るべくもない。

以前から不安定だった鈴木博が遂にセーブに失敗した事や、一度集中力が切れると堰を切ったようにコテンパにやられるのは、ある意味で想定内であり、結果論でもある。それよりもゲーム全体を通して見た時、そこに至るまでのプロセスに問題はなかったか。この典型的な弱小チームには、“チャンスで打てるか否か”、“ピンチを抑えられるか否か”といった勝負そのものの綾よりも、ハイライト映像には表れない細かいプロセスの積み重ねが致命的に足りないのだ。


◇試合『拙』者ここに極まれり
この試合に臨むにあたり、広島は厳しい状況に立たされていた。前日まで2日連続で延長戦を戦い、頼みのフランスアと中崎は4連投中、一岡も3連投中とあって余程のことがない限りはこの試合で使えない。ブルペンワークに制限がある中で、先発のアドゥワに期待されるのは『少ない球数で長いイニングを投げること』。バッテリーを組んだ磯村も試合前にこの日の課題としてその点を公言しており、相手が嫌がる野球を志すのであれば、中日としては『多く球数を投げさせて早いイニングで降ろすこと』が勝利への近道になるし、できるだけ多くのリリーフ投手を引きずり出せば広島は2、3戦目のやりくりも難しくなる。目先の結果だけでなく、3連戦をトータルで考える視野を持つべきだった。

◇そして平田は初球を打った
プレイボールがかかり、プロ初先発の福谷が心配された立ち上がりを三者凡退で難なくクリアする。いい流れだ。攻撃陣は、とにかくアドゥワに1イニングにつき最低でも15球、できれば20球くらいは投げさせたいところ。例え点には結びつかなくても、粘りの攻撃がボディブローのようにじわじわ相手に効いてくるからだ。

ところが、先頭の平田は初球に手を出し、いきなりボテボテの三ゴロを転がしてしまう。『あれ?』という疑念が沸く。まさかとは思うが、早打ち指令など出ていないよな。ちゃんと球数を放らせるように試合前ミーティングで徹底したはずだよな?

しかし続く京田、大島も早いカウントからボール球に手を出し、あっさり追い込まれてしまう。結局この回、アドゥワはわずか8球で三者凡退に打ち取ると、予定通り6回を100球ちょうどにまとめていい流れで後続にバトンを回したのだった。

ちなみにこの日、アドゥワが対戦したのべ25人の打者のうち3球以内に勝負がついたのは実に半数以上の13人(うち3本がヒット)。粘るどころか積極的に広島側の思惑をアシストし、その流れはあの悪夢のような9、10回へと繋がっていくのであった。(参考: 『ちうにちを考える』)

が、昨夜はカープの野村が自滅し、それを横目に大野はすいすいと『完投完封』をやってのけた。昨季は、もう大野もこれまでかと思われたが、今年はフレッシュに復活している。反対にダメ加減がひどかったのが野村。もう高橋、平田らにポカスカ打ち込まれた。まあ再起期待だねえ。


★★<ダイソンVSほうき 『トキ消費の足音』>掃除の世界に異変が起きている。『スローな世界』が広がり、近年は強力な吸引力を持つダイソンの掃除機が牽引しているが、それよりも価格の高い『ほうき箒』が東京などの対都市部で人気を集めている。岩手県九戸村の高倉工芸の『南部箒』で、長柄は3万~10万円だ。無農薬の天然素材を使い、絨毯でも掃除機以上にホコリを取れる。

『夜遅く帰宅しても掃除機はかけられないが、箒は静かに使える』。高倉社長は効能を説明する。もちろん静かさだけではない。デザイン性の高い高級箒で掃除の時間そのものが価値なのだ。時間ではなく、『時感』消費と呼べる。

博報堂生活総合研究所では『所有欲のモノ消費、体験欲のコト消費に続くのは、その時、その場でしか味わえないトキ消費』と話す。モノは情報も過剰で、再現出来ない時間の価値が高まっているという訳だ。

ヒットには価格と機能に加え、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の五感を刺激することが欠かせない。これに『時感』が加わる。例えば人気レストランは全てを満たす。おいしく、いい匂い。歯ごたえも良く、インスタ映えもいい。メニューの説明は時に耳障りだが、その時の気の置けない友人らとの語らいも楽しい。

取材中、ふと思い出した。30年前に日本経済新聞社を受けた時の作文のお題は確か『時間』。時を超えて同じテーマに取り組むとは・・・・。(参考: 日経新聞 中村直文編集委員)


★★<トランプ大統領支持率、最高の46%に>米調査会社ギャラップが4月17~30日に実施した世論調査で、トランプ大統領の支持率が46%と同社調査で最高となった。ロシア疑惑を捜査していたモラー特別検察官の報告書がトランプ氏の選挙陣営とロシアとの共謀については『シロ』と判断したことや、経済指標の改善などが背景にあると分析している。

調査は18歳以上の米国民1024人を対象に実施した。トランプ氏の支持率は3月初旬の39%から4月初旬にかけて45%まで上昇していた。共和党支持者の支持率は91%に上り、2018年11月の92%に次ぐ高さだった。民主党支持者でも12%と17年4月に並び最高となった。無党派の支持率に大きな変化はなく、37%だった。同社のアナリストは、米経済の改善が続けばトランプ氏の支持率が50%を超える可能性もあると予測している。

分からんなあ、アメリカ人が。何でこんなウソつき大統領を支持するのか。威嚇と恐喝まがいの手法を米国民は喜んでいるのかなあ。プアーな国民だと思うねえ、アメリカって。米国民の『社会正義』感覚が伺いしれるよなあ。悲しい。1024人のサンプリングで『世論』と断定していいのか、疑問が残る。せめて1万人はサンプリングがほしいねえ。日本でさえ、各メディアの世論調査は2000人程度のサンプリングをしている。4億人ちかい米国ならそれほどは必要だろうがなあ。


★★<J1の3試合、得点絡みの誤審認める>3日に行われた明治安田生命J1で、3試合でゴールに絡む疑惑の判定があった。Jリーグが作っているインターネット番組『Jリーグジャッジリプレイ』で取り上げられ、日本サッカー協会審判委員会のオリバー副委員長が、いずれも誤審だったことを認めた。番組は議論のあった判定を検証したり、ルールを解説したりすることを目的に、動画配信サービスのDAZNで配信されている。7日の配信で、疑惑があった三つの判定も検証された。

そのうち二つは、ゴールラインを割ったように見えたが、得点が認められなかったもの。鹿島―清水の前半3分、清水MF中村が蹴った直接FKは、映像で確認するとゴールに入ってからGKがかき出していた。試合後に中村は『100人が映像を見たら100人がゴールだと思う。審判のレベルを上げてもらわないと……』と話していた。試合は鹿島が3―0で勝った。

もう一つは広島―横浜マで、0―1の後半追加時間に広島MF川辺が放ったヘディングシュート。ゴールラインを割ってからGKが止めたように見えたが、同点ゴールとはならなかった。


オリバー副委員長は『二つともゴールだったと思う』と発言。一方で、『副審はオフサイドの判定をしないといけないので、位置取りは正しかった。仮にゴールライン上にいたとしても、GKの体が視界を遮っていたと思う』と難しい判定だった点を指摘した。

その上で、『VRA(ビデオ・アシスタント・レフェリー)か、ボールがゴールラインを割ったかどうかを判定するゴールラインテクノロジーが導入されていれば、見直される事象だった』と見解を述べた。川崎―仙台で、前半37分にMF長谷川が決めた2点目についても、オフサイドだったと誤審を認めた。

改善策と考えられるVRAについては、今季のルヴァン杯の準々決勝以降と、J1参入プレーオフ決定戦の計14試合で導入されることが決まっている。Jリーグは、J1のリーグ戦での本格導入についても検討している。ただ、オリバー副委員長は『全ての試合に導入するだけの審判の人数は不足している』と課題を挙げた。

『審判が足らない』だって。何だ、これは。なら、欧州から余っている審判を移入すればいいではないか。ルールは世界同一基準なんだから。プロ野球のリプレーで判定が覆る例が多い。これまでは、誤審だらけの試合を見せられていたのかと腹が立つ。審判は誤審をしても平気の平左。終身雇用の汚点である。審判は契約更改社員として、判定確立が悪い審判は解雇すべきだ。Jリーグもこれから、誤審だらけの試合を続けるのか。見たくないなあ、本当に。誰が見ても誤審と分かるプレーを、誤審で押し通す審判連中の神経がフェアでない。

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