今日の画像は、干拓前の八郎潟、引き網漁で活躍した『うたせ舟』。そして純白の『デージー』と薄ピンクの『バラ』です。いずれも清楚で美しい花ですねえ。
★★★サンフランシスコは全米でもホテルの料金が高い都市の一つだ。そんな町に日本のカプセルホテルを持ちこんだら―。そう考えたのが、田中優祐さん(28)だ。事業は軌道に乗った。だがその矢先、思わぬ出来事が待っていた。
米国で事業をすることを考えたのは大学在学中だ。米国に1年留学し、『いつかは米国で会社を作ってみたい』という思いが芽生えた。帰国後、日本のIT大手の内定を受けたが入社せず、シリコンバレーでの起業を思い描いたが、渡航費すらなかった。
その頃、大津市に住む祖母が、古い民宿をたたもうとしていた。年に2、3組の常連客しか来ないと言う。すぐに考えた。『これはチャンスだ』。
日本にも民宿が広がり始め、外国人観光客が地方にも足を伸ばすようになっていた。そこで民宿を改装して民泊に出すと、すぐに月20組が泊まる人気の宿になった。以前は年10万円程度だった宿の売り上げは、400万円に急増した。
2015年11月。売り上げの一部を渡航費に、念願のシリコンバレーへ渡った。だが待ち受けていたのは高額な家賃とホテル代。『カプセルホテルがあれば、使う人はたくさんいるのでは』と思い付いた。民宿を再生した経験が蘇った。20万円を払い、中国からカプセルを1台輸入。友人と共にサンフランシスコの港から運んで組み立て、ルームメートと暮らしていた家に入れ、ネットで貸し出した。1日50ドル程度。50件近い問い合わせが来た。『需要はある』と確信した。
規制にかからないよう、ホテルの空き部屋にカプセルを入れた。通常の2人部屋にカプセル4台を入れ、1部屋に2倍の人が泊まれる。サンフランシスコのホテルに売り込むと、2軒が導入を決めた。宿泊者の評判も良く、18年はほぼ予約で埋まった。
思わぬ出来事はそこで起こった。18年末、サンフランシスコ市から思いがけない通知が届いたのだ。『カプセルホテルは新しい宿泊形態なので、製品の安全認証が取得出来るまで、運営を停止するように』。ホテル内だが、ベッドではないため、安全認証団体からの認証が必要だと言う。寝耳に水だった。
やむなく予約の受付を停止した。手間をかけても認証取得を目指すべきか、新たな事業へと向かうべきかを模索している。
シリコンバレーでは、『スタートアップ』と呼ばれるベンチャー企業が、新たなサービスを生んでは、後から規制によって消えていく、ということを繰り返している。規制も乗り越えて成功するのはわずかだ。『これも、スタートアップのリアルな一面。しっかり乗り越えていこうと思っています』。田中さんの挑戦は続いている。
★★<『本当にやりたいこと』を探して……元日本代表・久保竜彦が瀬戸内海で『塩づくり』>元サッカー日本代表FWのドラゴンこと久保竜彦さんと待ち合わせたのは、山口県・光駅。ここでインタビューをして、本土の対岸にある牛島に船で一緒に渡ることになっていた。が、現れたのは、奥様ひとり。聞けば、午前の便で先に島に渡ってしまったのだという。肩すかしをくらった取材陣は、午後の便でドラゴンを追った。
連絡船に乗って20分、緑におおわれた島が近づいてくる。瀬戸内海に浮かぶ周囲12キロの牛島。島民は40人ほどで、漁業がその主な産業だ。クルマは一台もなく、車道も存在しない。喧噪とは無縁の自然あふれる島だ。
久保さんは、いま、この島で塩づくりをしているのだ。牛島港に降り立ち、数分、歩を進めると、ゆらゆらと湯気を吹く木造の塩釜小屋が目に飛び込んでくる。が、ここにも、久保さんはいない。小屋の主に聞くとふらっと出て行ったままで、おそらく、浜にいるだろうという。
山の小径を上り、海岸に降りると、果たしてそこにウィンドブレーカーを纏い、サッカースパイクを履いた久保さんはいた。天然岩牡蠣を探していたのだという。それは、我々を迎えるために用意しようとした牡蠣だった。
◇元日本代表FWがなぜ「塩づくり」を……
――久保さんがJリーグを経て、中国リーグの廿日市FCを最後に現役を引退されたのが2015年。なぜ、牛島で塩づくりをすることになったのでしょう?
久保 もともとじいちゃんとばあちゃんが福岡の山の中でブドウをつくったりしてて、自分も山で遊んでいて、どこか気持ちいいところがないかなあって、引退してからずっと探していたんです。現役時代にも、豚肉とか鶏肉とか、いい食い物を探してて、いろいろ回っていました。石川の山の中とか、宮崎の椎葉村とかも食材探しで行ったりして。
食べ物に興味が出たのは、26歳のときに、断食を始めてから。それまではカップラーメンも食っていたし、ごく普通のものを食っていた。でも、その頃、腰を痛めていて、ある日、マリノスのフィジカルコーチに山形にある断食道場に連れていってもらったところ、身体がすっきりした。それから、やっぱ食は大事だなあって思うようになって。そこからはずっと食材を探しながら、サッカーをやめてからこの土地は住めるかな、住めるチャンスはあるんかな、と引退後に暮らす場所も探していたんです。
◇“自由人”が最もしっくりとくる場所を探して
ーーそんな中で、この島に辿り着いた。
久保 周南市にある徳山大学でやっているサッカースクールに呼んでもらってて、地域貢献活動をしている会社の社長さんと知り合った。その会社が野菜をつくったり、塩つくったりしていて、そこにいた新井章吾さんという海藻の研究者(海藻研究所所長)に酒飲みながら話を聞いたら面白くて、こっちに来ようと思ったんです。
広島から引っ越してきたのは、去年の6月。ちょうど1年ですね。いまは、大潮のときの塩づくりと山の中での野菜づくりを手伝ってます。塩づくりでは、火の番が多いね。前は泊まり込みでもやってたけど、いまは、対岸の室積から船で通っている。
サンフレッチェ広島、横浜F・マリノスなどで活躍した久保さんは、日本代表にも招集され、32試合で11得点をあげている。高い身体能力を生かした個性的なプレーで強い印象を残すとともに、日本代表への参加を拒否したり、記者会見でのぶっきらぼうな応対をするなど、ピッチ外でも何かと話題を呼んだ。そんな“自由人”久保さんは、引退後、自分が最もしっくりとくる場所を探し続けていたのだろう。良き隣人がいて、人に縛られることなく、時間からも解放された心地良い場所である。
◇『自分が旨いと思ったのは、7月、8月の塩』
ーー塩づくりを1年やってみて発見はありましたか。
久保 いつも大潮のときに海から汲んでくるんだけど、普段の海のときより旨いんすよね、不思議と。大潮は、月に8日ぐらいあるんですけど、味が違うんです。で、同じ1年でも塩の味は微妙に変わる。自分が旨いと思ったのは、7月、8月の塩ですね。
ーー食に対する認識が変わってきたのでしょうか?
久保 断食のあと、たとえば、豚肉を食べて、旨えと思って養豚場を見に行くと、そういう豚は、元気な顔しとるし、ウンコも臭くなかった。そういうもんかなあとというのがありました。やっぱ、元気な豚を食いたいしね。有機がいいとか無農薬がいいとかいう知識も多少はあったんです。小さい頃、ばあちゃんが自分たちの食べるものには農薬を使わず、でも市場に出すのは、やっぱり綺麗にせないけんと言って、クスリを撒いてた。そのときも、虫に食われているほうが旨いな、味があるな、と俺は思っていた。いま、畑には、新井さんが海藻を干したものを肥料として入れていて、草もぼうぼうなんだけど、その野菜を食ったら旨い、味がある。なんか面白いなと思って。
いまはますます、旨いものを口に入れたいというのはあるし、旨いもんがないんやったら、腹へってたほうがいいわ、という感じはあります。酒だけでいいや、みたいな(笑)。
◇『いまはまだ、自分が何をやりたいのかが見えていない』
ーー今後、どんなふうに食に関わっていきますか?
久保 これから、ここで鶏を育てるのか、何をするのか、まだわからない。自分の好きな人たちがやっているから面白いし、みんな、なんかぽろっといいこと言うし、勉強になることを言うし、だけ、一緒におるということです。漁師の人もよくしてくれるんですよ。船はいつでも使える、と言ってくれている。船を壊すのは金がかかるから、壊すよりは譲ったほうがいいし、住民票を移せば漁業権もすぐやけんって。まずは、一緒に漁に出たりしながら、ということになるのかもしれないですね。
もう、漁船にも乗っけてもらってます。無茶釣れる場所に案内してくれて。誰にも教えねえ、って場所で、脂ののったハマチの子のヤズを釣りましたね。ただ、いまはまだ、本当に自分が何をやりたいのかが、見えていない。でも、この気持ちいい場所で暮らしていれば、そのうち、自分の中で本当にやりたいことが出てくると思ってます。
朝は5時起き、畑に出て、塩を見て……
ーーいま、室積での久保さんの1日は、どんな感じなのでしょう?
久保 朝は5時に起きて、湾を見ながら、なんかおらんかなあって歩いて、釣りをしている人がおったら話して。自分も7時半ぐらいまで釣りをやったり。で、そのあと、1時間半ぐらい山に走りに行って、気持ちよくなったら、戻ってきてメシ食って。走ると気持ちよくなるし、頭がすっきりするし。で、昨日とかは、10時の船で牛島に渡って、塩釜にくべる薪割り。そのあと、畑に出て、また塩を見て、という感じですね。だいたい気分やけえ。天気みて決めている感じですね。
ここでは、アジ、メバル、イカ、カサゴ、カレイ、キスとかいろんな魚が釣れるんですけど、俺はまださばけない。本当は、せっかく自分で釣った魚だし、調理したいけど、魚がぐちゃぐちゃになったらいやだから、まだちゃんとやってない。包丁は自分で研いでいるんですけどね。漁師というのも考えるんですけど、実際には、漁、難しいですからね。ま、真似事になるんですかね。地元の市場でセリとかも見たけど、せっかく釣ったタイとかが100円で投げ売りされているのも見たし。値段がつかないこともあるし。セリを見てからは、現実は厳しいと思いましたね。趣味でやるならいいけど。
夜、本土に戻ってから、久保さんの友人がシェフを務めるイタリアンレストランで食事することになった。店に着くと、久保さんは、自ら、サーバーからビールをつぎながら飲み、私たちにも提供してくれる。そして数時間、何も言葉を残さずふらっと店を出て行ったドラゴンは、そのまま戻ってくることはなかった。(参考:文春オンライン)
★★<『カルピス』が日本人と歩んだ百年>百年前の1919年7月7日、日本初となる乳酸菌飲料である『カルピス』が誕生した。2007年に行ったカルピス社の調査によれば、日本全国民の99.7%がカルピスを飲んだ経験を持つと言う。
昨年6月、『カルピスと作った男、三島海雲』が上梓され、カルピスを巡る沢山の記憶が聞かれた。例えば、昭和40年代に母親が作ってくれた自家製のカルピスのレシピ、子供の頃に親に内緒で作った濃いカルピスを口にした瞬間の背徳感と贅沢な気持・・・。それぞれの思い出を聞くと、カルピスが国民飲料と呼ばれる理由が分かる気がした。
カルピス―その言葉に、誰もが何かしらの記憶が喚起されるのだ。私にしたってそうだ。思い浮かぶのが、小学生の時映画館で鑑賞した『火垂るの墓』である。主人公の少年の回想シーン。在りし日の母が海で遊ぶ兄妹に声をかける。『おいで!お腹空いたやろ。カルピスも冷えているよ』。戦時中の子供達もカルピスを飲んでいたのか。11歳の私が、40年以上前の少年達の境遇に感情移入するきっかけになったのである。
国民飲料カルピスの海の親を『三島海雲』という。僧侶だった三島は、日露戦争前に日本語教師として中国大陸へ渡る。戦争が始まると、軍馬や武器の買い付けでモンゴル高原を旅した。そんな中彼は、モンゴル貴族であるパオ氏と家族同然の関係を築き、1908年にパオ(移動式住居)で一夏を過ごした。幼い頃から病弱だった三島は、モンゴル民族のソウルフードとも言える乳製品を口にし、健康を取り戻す。そんな体験が、カルピス開発の原動力となったのである。
私がカルピスのルーツを辿ろうと中国の内モンゴル自治区を旅したのは、2016年初夏のことだ。レアアースなどの開発に伴う砂漠化により、かつての草原が消えつつある内モンゴルで、思いがけない出会いがあった。(参考:山川徹筆)
★★<昨夜に続き、野球の神様は「鯉が4連覇せぇ」と言うとるわ(笑)>(8/1ジャイ17回戦8-2)
メルセデスの投球と同時に2塁ランナーの曽根クンがテレビ画面から消えました。うわぁ。オイオイ何すんの!と思ったら、磯村クンが送りバントの構えからバットを引いて、そのまま思い切り叩きつけました。なんと、なんと。無死1.2塁からの、
バスターエンドラン。
で、叩きつけた打球が、高いゴロでサード田中俊太クンの頭を超えてレフトへ転がります、スタートをきってた曽根クンはスピード緩めずにそのまま3塁を蹴ってホームへ生還!おっしゃあ!勝ち越しじゃあ!
いやぁ・・・。しかしこれはなんちゅう采配なんですかね、緒方さんよ。そして、それに応えて「これぞバスターエンドランという打球」を打った磯村クン。あっぱれでしたな。球場で見てた方は、曽根クンの動きが俯瞰で全部見えたでしょうからね、まさにエンドラン!という大スペクタクルなパノラマ絶叫系の場面だったと思いますわ。曽根クンがスタート切った瞬間、ハッとして球場全体が一気に収縮する感じ、そして打球が抜けた時にそれが一斉に爆発する感じ。いやぁ。まさしく東京ドームの左半分は「興奮のるつぼ」状態(笑)。
コレを含め、この回の攻撃はホンマに鮮やかでしたな。先頭のメヒアが猛打賞となるツーベースで出塁、コースケがインチキバントで繋いで(笑)、先ほどの磯村クンのバスターエンドラン。更に無死1.2塁から西川クンの絶妙バントがこれまた1塁セーフで無死満塁。代わった澤村クンから菊池と誠也がタイムリーヒットで一挙にこの回4点。流れるような攻撃。もうどこにも負ける気がせんで!と言わんばかりの鯉打線サマですな(笑)。
攻撃陣で言うと、0対1からの同点ホームランを松山クンが打ったのも大きいですな。ジャイ初戦の3ランで完全復調、今日のホームランも高目に負けないスイングでしたので、こっから量産体制に入ってくれそうです、そろそろ「アンパンマンの時間」でしょ。鹿児島のじっちゃんばぁちゃんにもご無沙汰しとるで。マツダで是非、ヒロインよろしく。
更には、忘れちゃいけませんぞ、ワシらの坂倉クン(笑)。いや、もうね、元祖ロマン砲の「ワシらの堂林クン(笑)」の姿が、とんと1軍で見れないので(泣)、というか7月も終了したので「堂林電撃トレード」というのはなかったということですな、一応確認。もとい。そんな訳でして、いまやオッサン連中の関心の的は小園と坂倉の「ご立派な下半身コンビ」の働きでございますからね。そして、ついに出ましたぞ。
坂倉クンの3ラン!
しかも、あの大竹寛さんからです(笑)。
きっと日大三高OB諸君もたくさん来てたでしょうから皆さんお喜びのことでしょうな(笑)。ファームの優勝決定戦で彼が森福クンから3ランぶち込んだのは有名な話ですが、今日の3ランは、その時と比べても1つも2つもレベルが上の打撃をしてました。内側の球を腕をたたんでコンパクトに振り抜いて、それをスタンドまで運ぶ、まさに恐れいりました!の打撃。いやぁ小園に坂倉、こに中村クンや林クン正髄クン辺りが加わり、誠也西川バティスタメヒアが彼らを引っ張っていくとするならば、向こう10年は鯉も安泰ですな(笑)。
投手陣も頑張りました。
なんといっても野村クンですわ。今日は某S台予備校の名物日本史講師のS氏も東京ドームに参戦。S氏は野村クンの熱狂的ファンなのですが、本日は明治大学ユニを着用して3塁側スタンドで応援、セットポジションの野村クンと目が合った!と、まるでジャニーズ応援にドームに来た女学生のように喜んでらっしゃいましたが(笑)、まそれはそれとして(笑)、その野村クン、お値打ちの、
6回1失点投球です。
初回に失点こそしましたが、あれも丸の打球は完全に打ちとったポテンヒットタイムリーでしたしね。しかし今日のジャイさん、打ったのは丸だけ、丸にしか打点ついてないし、出てきて大竹寛はどデカイのを打たれるし、なんだか試合に「カープの選手」しか出てない感じでしたけどね(笑)。それでええんかいな、ジャイ党の皆さんよ(泣)。
で、野村クン。
これぞ野村!の3三振でしたね。
ゲレーロ、坂本、亀井の三人様。
まずは4回のゲレーロ。3球続けて外角ギリギリにスライダー、見逃して2ボール1ストライク。打ち気満々のゲレーロに4球目は胸元えぐる内角シュート、バットが出てファール。これで2ボール2ストライク。ゲレーロの頭の中のストライクゾーンは内から外まで2メートルくらいある感じだったんじゃないですかね、で、最後、外角ストレートをズドン143キロですわ。全く反応できず見逃し三振。
2つ目は6回先頭の坂本クン。ここも2ボール2ストライクに追い込むところでの内角シュートが効いてるんですよね。で、追い込んでから143キロストレートでファール、インスラでもうひとつファール。内側のシュートを意識させつつ、最後は続けて外角スライダーですわ。腰砕けがっくり膝ついての空振り三振。坂本クン、確かここまで15試合連続ヒットだったんですが、今日は出ませんでしたね。8回にも今村クンのストレートに空振り三振してましたが、ここの野村クンとの対戦を引きずってましたね、というか、会澤クンが上手く引きずらせてましたわ。
3つ目の亀井クン、これが圧巻でした。その6回裏、2死から悩める4番岡本クンがあわやホームランかというフェンス直撃の2塁打打って2死2塁の勝ち越しのチャンス。で、絶好調男の亀井クン。野村クンの球数も100球近くになってます、イヤな感じでしたよね。初球、アウトローへ144キロのストレートでストライク。これが大きかったです。で、そこからカットボール、カーブ、チェンジアップ、いずれも低目の球がボールとなって3ボール1ストライク。からの、5球目は内角胸元に141キロのカットボール!思わず仰け反る亀井クン、でも正真正銘のストライク。これでフルカウント。これが勝負あり!でしたかね。ラストボールはど真ん中の低目、ベース板の上でストライクゾーンから落ちて行く、チェンジアップ。そりゃバットが出ちゃいます、お見事な空振り三振でした。野村クン、
珍しくガッツポーズ。
東京ドームの天井に、灼熱の由宇の風景が見えたかね(泣)。ナイスピッチでしたよ。高校野球では広島商業に負けて甲子園の切符を掴めなかった広陵ナイン。後輩たちの無念と、自分自身のふがいなさを胸に抱き、大事な大事な試合で魅せてくれた、これぞ野村の投球術。あっぱれでございました。
さぁジャイとはゲーム差4つです。2ゲーム差くらいになったら「ロックオン宣言」でもしましょうかね(笑)。ま、とはいえ、まだ4ゲーム差ですからね。相当な距離がありますし、ジャイさんもまだそんなに焦ってないでしょう。ま、ただジャイさんも山口クン離脱とかいろんな暗雲も立ち込めてきてますからね、鯉はこっからマツダスタジアムで6戦、虎とDeNAですな。小生も、DeNA戦には帰広して参戦予定です。
さぁ熱い夏が始まりましたぞ。昨日に続いて、やはり野球の神様とやらは「鯉が4連覇せぇ」と言ってらっしぃますぞ、と、まぁそんな訳ないですけどね(笑)。
ともかく、また一気に突っ走りましょうぜ。
選手も、監督も、そして鯉党も!(参考:『カープがやっぱり好きなんよ』)
さあ、今日からマツスタで阪神と3連戦。大瀬良君、緒戦勝って勢いをつけておくれな。