★広島市の平和公園には、住所氏名はあるものの引き取り手のない遺骨を納めた『原爆供養塔』がある。この供養塔の遺骨の身元調べにフリーライターの堀川恵子は東奔西走する。そのドキュメントが『原爆供養塔・忘れられた遺骨の70年』。本書は今年の『大宅壮一ノンフィクション賞』を受賞。その足跡と緻密なドキュメントは堀川の人類愛を限りなく表した書と言える。
★今日の画像は、広島市内で開かれた『水彩画展』の作品です。水彩画とはいえ、油絵を凌ぐ画もあってなかなかの賑わいでした。見事ですねえ。
★★『原爆供養塔』に集まる人達はみな、8月6日の朝まで確かにあった家族の思い出を胸に抱きしめる。杉岡しのぶさん、89歳。喪服代わりの黒い服に身をつつみ、誰よりも長く祈りをささげていた人である。『あの日の朝、家を出た父さんは45歳だったから、もうその倍を生きてしもうたね』。
実家は広島から10キロ近く離れた五日市の山の中腹にあった。父は、朝早くから畑で取ったキュウリをドンゴロスの袋に詰め、市内に住む妹夫婦に届けてやるのだと言って、自転車で家を出て行った。それから小一時間ほどした時、鈴が峰の上空から真っ黒な雲がまるで生き物のような勢いで、ぐんぐん広がってきた。ああっ、と思った瞬間、地球が爆発したような大音響が響き渡った。すぐに蔵の中に逃げ込んだが、家の家具も障子戸もすべて吹っ飛び、めちゃめちゃになっている。そのうち『広島が全滅した』という噂が聞こえてきた。杉岡さんは取るものも取りあえず、一目散に父を探しに市内へと向かった。
原子爆弾が爆発した時、市内中心部の地表温度は4,000度まで上がり、爆風がその熱を一気に円心状に運んだ。大量の放射能も含んでいた。多くの人が負傷者の状態について、『皮膚が焦げて黒い泥人形のよう』とか『髪が焼けて逆立って』と記憶する。松岡さんは、広島市の西部、福島町まで足を運んだが、火の勢いがものすごく、それ以上は進めなかった。翌朝、再び出直して、市内へと分け入った。舟入町の交差点には、何百という焼死体が並べられていた。本川も元安川も、川面はびしり死体で埋まっている。父がはいて出た緑の縦縞のズボンを探したが、服の色が残る人など、一人もいなかった。
後に杉岡さんは、縁あった人と結婚する。夫となった人は、特攻隊の生き残りだった。夫婦二人で青果を取り扱う仕事を始め、大根一本、人参一本を売ることから始めた。夫は当時から今もずっと、毎朝3時には起きて市場へと向かう。命あるだけで十分と励まし合い、必至に働いてきた。夫婦の青果会社は、今では地元の学校に食材を納めるほどの信用を得るに至った。
杉岡さんは五日市の実家の縁側で、松岡さんは同席した弟に向かって、仏壇に供えているトマトについて語り始めた。幼い記憶に残る父は、酒が大好きだった。そして、トマトを酒の肴にしていた。好物だったのだろうと戦後ずっと仏壇に供えてきたが、最近になってふと気がついた。トマトは、あまり酒の肴にはならない。物のない時代、手元に集まった肉や魚は全て子供達に与え、自分は畑で採れるトマトで我慢していたのではないか。それしか、なかったからではないか。『今頃、気付くのが遅いよね』、自嘲気味に笑いながらも、少し困惑した表情で繰り返す。
杉岡さんにとって、戦後と呼ばれる時間はあっという間に過ぎた。今は欲しいものは何でも手に入る恵まれた時代。孫とひ孫も3人出来た。『誰かに守ってもらんと、こんな幸せにはなれん』。そう思うと、杉岡さんの足は自然に原爆供養塔へと向かう。だが心のどこかで、自分はあの時、毎日のように慈千寺鼻をさまよい、あれだけ必死に探したのに父の姿は見付からなかった。父は本当にここに眠っているのだろうかと思ってしまう時もある。3年前には似島にも足を運んだ。船上で行われた慰霊祭に参加し、深い海に遺骨となって眠るかもしれない父のことを思って花を投げた。70年近い歳月は過ぎていったが、父を探し歩く杉岡さんの瞳は20歳のままだ。
(参考: 堀川恵子著『原爆供養塔―忘れられた遺骨の70年』)
★中日・谷繁監督が事実上解任に。一昨年、昨年、今年と成績不振に。が、これって全てが監督の責任かえ、中日球団社長殿。この不振は一手に、選手人事で手落ちのあった落合GMの責任だと思うがねえ。それを現場の指揮者になすりつけ、安閑としている上層部の神経が分かりませんねえ。そして、J1・名古屋こそ小倉監督を解任すべきでしょうに、もたもたして、継続指揮を執らせてます。J2に陥落してからでは遅いですぞえ。名将西野監督でもチーム強化が出来なかった名古屋グランパスの病根は深い。
★今年のオリンピックは、日本人として誇りを取り戻してくれる大会になりそうです。体操、水泳、卓球、柔道・・・。これまで日本の得意種目であったものが、凋落し、挽回の局面に。関係者の努力に感謝と敬意を表します。
その中で、唯一残念なのがサッカー。ナイジェリアに負け、コロンビアと引き分け、決勝進出ならず。しかもOA枠で強化したDF陣がミスった試合の連続。もう想定外ではあるものの、残念至極な試合運びではありました。手倉森監督は退任し、新しい監督が任命されるでしょう。が、絶対にサンフレ・森保監督だけは指名しないでくださいね、大仁サッカー協会会長殿。サンフレはまだ森保監督のもとJで輝き続けたいのです。
★女子200平泳ぎで、金藤理恵が金を。27歳という年齢にも拘わらず、素晴らしいです。広島県庄原市の出身。水泳をやめたい思いに、コーチが絶対話さないぞ、と。見事な金です。
★民主党政権樹立直後、前原国交相が『八ッ場ダム工事即時中止』を訴え、結果工事を中断撤去する方が工事継続費用を上回ることから、工事継続が決定。その後の報道はまったくなくって。と、国交省がこのダムの基本計画を変更すると。事業費を4,600億円から720億円も積み増しし、総額5,320億円とすると。当初計画の2.5倍にふくれあがる。しかも竣工の暁には、どの都県もこのダムの水を必要としないし、利用しない。まったくの無駄銭。役人は一度計画を立てたら、最後まで、何の利用価値もない施設・設備でも、作ってしまうのだ。税金=人の金の使用は、痛みも後悔もないものなんだろうねえ。こんな役立たずの役人にも人事院勧告で給料は自然に上がっていく。日本の七不思議。
★ついに出ました、究極の『日本国憲法の実態』の証言が。バイデン米副大統領が、集会でトランプを批判し、『日本が、我々が書いた憲法で核保有国になれないことをトランプは理解していない。学校で習わなかったのか』と批判。日本国憲法が米国の意・筋書に沿って、米国人の手で書かれたという実証言。さあ、どうする『ゴケン、ごけん、護憲』の諸君よ。それでも『お仕着せ憲法』を守ると言うかえ。
★カープのマジック19日現在、『25』。数日中に出る、デルとマスコミが。が、19日、カープはヤクルトに勝ち67勝44敗、巨人も阪神に勝ち58勝49敗。巨人が残り試合34試合を全勝すると92勝49敗。カープが残り試合30試合を26勝4敗で飾ると93勝48敗となり、カープの優勝。よって現時点のマジックナンバーは26ということになりますねえ。ガンバレ、カープ、です。(*.*)